第76話 椰子の実

coconut思春期

 中学校の校長先生は体格がよく、優しい先生だった。

 あるとき、どういう集まりだったか忘れたが、全校生徒が講堂に集まって、校長先生の話を聞いた。
   

それは、ご自身が戦争に行った時の過酷な体験だった。

おそらくまだ青年であっただろう先生は、南方の戦地に送られたということだ。

その地で「椰子の実」の詩を、その時のご自身の境遇に重ねてよく歌ったと話された。  

そして最後に「椰子の実」を歌われた。

   

張りのあるバリトンで堂々とした歌いっぷりであった。

私は「校長先生は歌が上手だなあ、いい声だなあ」ぐらいにしか感じなかった。本当に幼い感受性しか持ち合わせていなかった。

   

 今改めて「椰子の実」を歌ってみると、校長先生が若き日にどのような思いでこの歌を歌ったのか、私たちに何を伝えたかったのか、遠い戦地に赴いた人々のことに思いを馳せ、涙が流れる。

   

名も知らぬ遠き島より
流れ寄る椰子の實一つ

 ・・・・・・

實をとりて胸にあつれば
新(あらた)なり流離の憂(うれひ)

海の日の沈むを見れば
激(たぎ)り落つ異郷の涙

思ひやる八重の汐々(しほじほ)
いづれの日にか
くにかえらむ 注

   

故国くにに帰ることが叶わなかった多くの人々がいる。

戦争というものが、どれほど人間性を踏みにじり、残酷なものなのかを忘れてはならないと思う。
   

注 「椰子の實」 島崎 藤村
   

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