第62話 H君

toothbrush学童期(東京編)

 6年生の時だったと思う。クラスにH君という男の子がいた。

彼は体が大きく乱暴者で、嘘つきとして知られていた。

女の子をよく殴って泣かしていた。私も殴られたことがある。

   

 そのHくんと、教室の席を隣にされたのだ。

内心、怖かったし、嫌だなと思っていた。
   

H君は、歯を磨いていないという噂だった。確かにそんな感じだった。

服装も清潔ではないように見えた。

    

 ある日、授業中にふと隣のH君を見て、私は「今日、歯、磨いてきたでしょ」と言った。

するとH君は思いがけず、ニコっと笑った。少し怖さが薄らいだ時だった。

   

 そんなある放課後、どういういきさつだったか忘れたが、誰もいない教室で、H君と二人で話をしていた。

彼は、お父さんが怖くて殴られるという話をした。

家にはおじいさんもいるし、妹もいると。話の内容から、妹さんを可愛がっている様子が感じられた。

   

「お母さんは?」ときくと、「いない」と。

病気で亡くなったのかなと思ったが、そうではなく、「いなくなったんだ」と言った。

「えっ?」と言って、そのあと何と言っていいのかわからなかったが、彼は「会いに行ったことあるよ」と言った。

「○○にいるんだ」

それはバスで3つぐらい行ったところの町だ。お父さんに知られると怒られるから、内緒で行くと言っていた。

   

子どもの私にはよくわからなかったが、何か事情があるんだなと思った。

そして彼がそのような、子どもにとっては過酷な体験をしながら学校に来ていたんだ、と心に衝撃を受けた。

   

「おかあさんは編み物をしてる」と言った。

おかあさんに会いたいだろうなあ、寂しいだろうなあと、H君が可哀そうだと思った。

そして、みんなから恐れられ、嫌われ者のH君が、ほんとは優しくて、繊細な心の持ち主で、いろいろなことを我慢して生きていることを知った。

怖かったH君が、いとおしく思えたのだった。

   

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