5年生の秋に、転校生Mくんがやってきた。
浅黒い肌で、精悍さのある男子だった。
彼は自己紹介で、「人間機関車と言われたザトペックを尊敬している」と言った。
ザトペック?
1952年ヘルシンキオリンピックの5千メートル、1万メートル、マラソンで優勝し、長距離三冠という偉業を成し遂げた有名な選手だと、後に知った。
彼は走るのがとても速かった。
それまでクラスで一番だった男子よりずっと速かったのだ。
そして算数がよくできた。
特に彼の書く数字は、まるで大人が書いたようで、かっこいいと思った。
Mくんに、私はとても惹かれて、それまでに味わったことのないような気持ちになった。
彼の書く数字を真似して書いてみたりした。
ある日、休み時間が終わって教室に戻ってくると、このM君と、もう一人の男子S君がにらみ合っていて、まわりを友だちが囲んでいた。
私は席について、隣の友達に「どうしたの?」と聞くと、
「S君がM君に『おまえ、〇〇さん(私のこと)が好きなんだろう』って言ったら、M君が怒ってS君を殴ったの」
と言った。
私は内心びっくりしたが、何食わぬ顔をしておいた。
それってどういうことなんだろう? とずっと考えた。
好きなんだろうと言われて怒るということは、実は好きなんだろうか、
いや、それとも、そんな勘違いをされてプライドが傷ついて怒ったのか……
自分に都合のいいように、私のことが好きなのかもしれないという方向に決めた。
しかし本当のことは分からない。
しばらくして、友だちからこんなことを聞いた。
「〇〇さんが、『M君とならキスしてもいい』って言ってた」と。
これには驚愕した。
私のほかにM君を好きな人がいたんだということと、キスをするなどということを考えるなんて!
今なら普通なのだろうが、当時としてはかなり進んでいる。
こうやって、思春期への道を歩き始めた。
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