第60話 春のめざめ

katakuri 学童期(東京編)

    
 5年生の秋に、転校生Mくんがやってきた。

浅黒い肌で、精悍さのある男子だった。

彼は自己紹介で、「人間機関車と言われたザトペックを尊敬している」と言った。
   

ザトペック?

1952年ヘルシンキオリンピックの5千メートル、1万メートル、マラソンで優勝し、長距離三冠という偉業を成し遂げた有名な選手だと、後に知った。

   

 彼は走るのがとても速かった。

それまでクラスで一番だった男子よりずっと速かったのだ。
   

そして算数がよくできた。

特に彼の書く数字は、まるで大人が書いたようで、かっこいいと思った。

   

 Mくんに、私はとても惹かれて、それまでに味わったことのないような気持ちになった。

彼の書く数字を真似して書いてみたりした。

   

 ある日、休み時間が終わって教室に戻ってくると、このM君と、もう一人の男子S君がにらみ合っていて、まわりを友だちが囲んでいた。
   

私は席について、隣の友達に「どうしたの?」と聞くと、

「S君がM君に『おまえ、〇〇さん(私のこと)が好きなんだろう』って言ったら、M君が怒ってS君を殴ったの」

と言った。

私は内心びっくりしたが、何食わぬ顔をしておいた。

   

 それってどういうことなんだろう? とずっと考えた。
   

好きなんだろうと言われて怒るということは、実は好きなんだろうか、

いや、それとも、そんな勘違いをされてプライドが傷ついて怒ったのか……

自分に都合のいいように、私のことが好きなのかもしれないという方向に決めた。

しかし本当のことは分からない。

   

 しばらくして、友だちからこんなことを聞いた。

「〇〇さんが、『M君とならキスしてもいい』って言ってた」と。
   

これには驚愕した。

私のほかにM君を好きな人がいたんだということと、キスをするなどということを考えるなんて!

今なら普通なのだろうが、当時としてはかなり進んでいる。
   

こうやって、思春期への道を歩き始めた。

   

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