第61話 昔は出入り自由だった

school学童期(東京編)

 当時の小学校は、いわば地域の拠点のような役割があったように思う。

運動会には町内の人たちがお祭りのような感覚で見に来るし、夏休みになると、学校の校庭で町内会のイベントなどが行われた。

   

例えば映画会。

校庭の一角に大きなスクリーンをしつらえて、その前にゴザや椅子を並べ、そこに座って映画を見る。

森繁久彌の「駅前旅館」や、大相撲15日間のダイジェスト版を見た記憶がある。

   

「駅前旅館」と言うのは「駅前シリーズ」の一つで、いわゆるドタバタ喜劇だ。

この映画で、社員旅行か何かでカツレツを食べようとナイフを入れると、なかなか切れず、力を込めてナイフを押すと衣がはがれ、中身がたわしだったというシーンをみて大笑いした覚えがある。

   

 話を学校に戻すが、校庭にステージを作り、いろいろな人やグループが舞台に上がって、演芸を披露するというものもあった。

ママさんコーラスや、女の子のバイオリン演奏を思い出す。

   

 放課後になると、下校のベルが鳴るまで多くの子どもたちが、校庭でにぎやかに遊んでいた。

一緒に遊んでくれる先生もいた。卒業生が遊びに来ることも多かった。

   

校庭にゴザを広げ、なにやら怪しいものを売る人などもいた。

子どもたちが周りを取り囲んで見ている中で、砂時計の中身のような色のついた砂を使って、ガラス板にきれいな絵を描いたりして、そのセットを売りつけるのだ。
   

子どもたちは本能的に、なんとなくこういうものを買ってはいけないと知っていたが、中には買う子もいた。

内心「すごいなー」と思った。

   

 こんな風に結構いろんな人が、自由に校庭に入っていたのだ。今では到底考えられないが。

昔は安全だったのだなあと、つくづく思う。

   

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