第3話 メーデーの思い出

bicycle幼児期

 同居していた叔父は、子どもが大好きな人だった。

自分たちには子どもがいなかったので、私をとても可愛がってくれた。お風呂にもよく入れてもらっていたことを思い出す。

   

 叔父はその当時、今より幅を利かせていた共産党の党員だった。5月1日のメーデーの集まりに、私を連れていくという話になった。

私はわからないままに、何か楽しいことなのかもしれないと思って、行くことになった。

   

 叔父は私を自転車に乗せたのだが、その乗せ方が、今では考えられないやり方だった。

自転車のサドルの前からハンドルの方に渡してあるパイプ(トップチューブというらしいが)に座布団をくくりつけ、そこに私をまたがらせ、手はハンドルの真ん中あたりを握らせて、それで走っていくというものであった。
   

今だったら、そんな乗り方をさせていると警察に捕まるだろう。

   

初めはよかったが、だんだん股が痛くなり、我慢に我慢を重ね、極限まで我慢したところで目的地に着いた。

   

 そこからメーデーの行進をしたのだ。

意味わかんなーい、という気持ちで歩かされ、まわりの大人たちは笑顔で私に話しかけてきて、なぜかみかんをくれたのを覚えている。季節外れだが……。

   

そのうち叔父は、私を肩車して歩き始めた。

これまたありがた迷惑というか、不安定で居心地が悪く、とにかく早く終わってほしい気持ちでいっぱいだった。

   

 難行苦行の末、やっと帰宅した。

楽しいどころか、苦痛の経験だったにもかかわらず、メーデーの行進で大人たちが歌っていた歌を、部分的にまねて「プロレターリアー!」などと叫んでいたので、両親はおそらく「たのしかったのね」と勘違いしたことだろう。

   

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