第13話 ムーンライト・セレナーデ

jazz band 学童期(関西編)

    
 小学校に上がるという時になって、私と妹と母はそれまで暮らした東京を離れ、兵庫県の母の里に移ることになった。
   

父は終戦で会社がなくなり、今で言えばベンチャー企業のような、いろいろなことをやろうとしていたが、どれも失敗した。

なかなか生活の見通しがつかず、母方の祖父が、生活の目途めどが立つまで私たちを預かると言ったのだ。

会社がどうに乗ったら、私たちを迎えに来るようにと。

   
   

 「おとうちゃまは行かないの?」と事情が分からないままに、東京駅から特急つばめに乗ってホームを離れた。

そのころ特急つばめでも、東京・大阪間は9時間かかった。

   

大阪に着くと、母の弟が迎えに来ていたが、私は恥ずかしがって母の後ろにかくれた。

大阪から阪急電車で母の里へと向かった。

   

 母の里には祖父母と、曽祖父、それに母の妹や弟がたくさんいた。

いわば大家族であった。

母は長女なので、みんなから「おっきねえちゃん」と呼ばれていた。

「おっきねえちゃん」は大きいねえちゃん、つまり上のお姉さんという意味だ。

   

「おっきねえちゃん」はかなり威張いばっており、みなから一目いちもく置かれる存在だった。

母が美容院に行って帰ってくると、

「べっぴんやなあ。エリザベステーラーみたいや」とお世辞を言われていた。

   

 みな陽気でよく笑っていた。

関西弁は、東京の言葉と違ってやわらかい。

「早くしなさい」ではなく「はよう」とか「はよしい」などというし、「買ってきた」ではなく「こうてきた」と言う。
   

関西弁の響きと、陽気でやさしい大人たちに囲まれ、それまで幼いながらに、なんとなく緊張や不安が多かった生活から、安全地帯に入り込んだような感覚があった。

   

 そんな中でよく聞こえてきたのが、あのグレンミラー楽団のムーンライト・セレナーデだ。

   

“MOONLIGHT SERENADE” BY GLENN MILLER 「ムーンライト・セレナーデ」グレン・ミラー 

   

ゆったりとしたリズムと優しいメロディーに包まれ、生活のすべての角がまるくなっていくような、うっとりとして眠くなるような……。

なんていい曲なんだろう。
   

今も、たまにあの曲を聞くと、心地よいゆりかごで子守唄を聞いているような、懐かしい気持ちでいっぱいになる。

   

   

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