第14話 小学1年生に

begin elementary school学童期(関西編)

 古いアルバムを開くと、桜の花の形をした名札を胸につけ、ランドセルを背負って、庭に出した籐椅子に座った曽祖父と並んで撮った写真がある。
   

しかし、この写真を撮ったときの記憶は全くないし、入学式のことも全然覚えていない。どうしてだろう?

   

 幼稚園に行かなかった私は、初めての集団生活であった。

そのことを差し引いたとしても、少し変わった子だったかもしれない。

   

学校に入る前の、たぶん今でいう就学時検診のとき「お名前は?」と聞かれ、下の名前を言った。その人はフルネームを言わせたかったらしい。

「それは苗字で、名前じゃないから」と言ったことをはっきり覚えている。

   

教室でも、先生が何か話していることは分かるが、なにについて話しているのか、さっぱりわからなかった。

周りを見て、みんなの真似をして動いていたように思う。

   

「ハンカチ落とし」をしたことを覚えているが、鬼がハンカチを持って輪の周りを走り、どこかにハンカチを落とす、ということの意味がわからなかった。

鬼は、どうやって誰の後ろに落とすのかを決めるのか?

前を向いているのに、自分の後ろに落とされたことを、どうやって気が付くのか?

なぜこんなことをしなければならないのか、どこがおもしろいのか、さっぱりわからなかった。

   

また、今でいう「中当て」、つまりドッジボールの簡略版のようなものを突然やらされ

(突然ではなく、それが始まるまでの先生の説明や、やりとりがあったのだろうが、私にとっては突然だった)

なにがなんだかわからず、ボールが怖くて、ただただ走り回った。

   

楽しくはなく、苦痛であった。
(後に6年生になったころは、ドッジボールは大得意だった)

   

 授業で何をしたかなどは、全くと言っていいほど覚えていない。

算数とか国語とかあったのだろうが、覚えていることと言ったら、教科書を読まされ、先生から「蚊の鳴くような声だなあ」と言われたことぐらいである。
   

たぶん、みんなに聞こえるように読むということが分かっていなかったし、まして、なぜそんなことをしなければならないのか、わかっていなかったのだろう。

   

 こんな様子だったため、先生は母を呼び、知能が遅れているのではないかと話したそうだが、母は「そんなことありませんよ」と一蹴いっしゅうしたということだ。

   

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