第9話 飲み屋とぶらんこ

swing幼児期

 父は私を連れて出かけたがった。

当時、新宿駅の周りの、せまっ苦しい路地のようなところに、ごたごたと店が並んでいるようなところがあった。

バラックと呼ばれる建物が、密集していたような光景をぼんやり覚えている。

   

 そんなところに父の行きつけの飲み屋があり、そこに連れて行かれたのだ。

子どもが行くような場所ではないことを感じつつ、カウンターのようなところの椅子に座らされ、まことに居心地が悪かった。
   

そこの店主らしきおばさんは、父と懇意こんいらしく、二人でおしゃべりに余念がなかった。

おばさんはその合間にしきりにお愛想あいそを言い、いろいろ話しかけてきたが、不快感でいっぱいだった私は、最低限度の返事しかしなかった、と思う。

   

おばさんは「おとなしいわねえ」と言う。

(いや、口ききたくないだけ)

そのうち、不機嫌そうなのを見て
「おなかすいてるんじゃない?オムレツつくってあげようか」と言う。

(不愉快なだけ、おなかすいてない)
   

やがて、子どもの目にはでっかいオムレツが、目の前に登場した。

私はほんのちょっと手をつけただけだった。

「お嬢はお気にさないようだ」と言う。

(早く帰りたいだけ、おなかすいてないし)
   

こんな風に、大人というものは子どもの気持ちを勝手に決めてしまうものだ。

   

 帰り路は夜もけて、家の近くは真っ暗だった。

あんなに帰りたかったのに、近くの公園を通りかかると、「ぶらんこに乗る」と父に言った。

父は「乗っておいで」と言った。
   

誰もいない、真っ暗な公園でぶらんこに座り、こいでいると、父が「立って乗ってごらん」と言う。

恐る恐る立ってこごうとしたが、すぐ怖くなって座った。

すると父は「いくじなし」と言った。
 

「いくじなし」

この言葉は小さな子どもの心にひびき、情けない気持ちになった。
   

しかしどうして、もう誰もいなくて真っ暗なのに、ぶらんこに乗りたかったのだろうか……。

   

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