スキー合宿の場所は、いろいろ変わった。
初めの頃は志賀高原が主だったが、八方(八方尾根)、関、やがて、野沢と苗場に定まってきた。
野沢や苗場は広くて、練習や試合のための斜面がいろいろと取れるからだ。
その中で、野沢温泉が一番思い出深い。
今は野沢温泉スキー場もすっかり近代化して、東京からも行きやすく便利になったようだ。
しかし私たちが行ったのは、50年以上も前の昔。
とても遠かった印象がある。
行き方を正確に思い出せないが、地名で聞き覚えがあるのは、湯田中、木島平などで、
バスにも乗ったし、果てしない雪の原をコトコト走る、かわいい単線の電車にも乗った記憶がある。
逗留したのは民宿で、三食付きで一泊750円だった!
暖房は炬燵だけだった。
宿のおばさんが炭火を入れに来る。注1
灰になってしまうと、伝えに行って、また持ってきてもらう、といった具合だった。
お風呂はなかった。
近くの共同浴場に入りに行くのだ。
この共同浴場がすごかった。
真ん中にプールのような湯船があり、湯の花がいっぱいに浮いている。
お湯も黒っぽい色をしていた。
周りに、すのこがあり、壁の部分に棚があって、そこに衣服を入れる。
脱衣所は、なかったような気がする。
どこで体や頭を洗ったのか、記憶が定かではない。
先輩の男子が、「湯船が深くて足がつかないから気をつけろよ」と言った。
確かに黒っぽくて全体に薄暗いから、底が全然見えない。
同期女子の一人が、恐る恐る足をつけていき、そっと入った。
「足つくわよ」
当たりまえだ。
おばあさんが、たくさん入っている。
民宿の食事は、三食ごはんだったので無性にパンが食べたくなり、お風呂の帰りに、雑貨屋さんのようなところで菓子パンを買って食べたりした。
町のところどころに「美人座」というヌード小屋のポスターが貼ってあった。
男子の中には行った奴もいたらしい。
女子は着替えをするときなどに「私たちも出られるかしら」と、ふざけたものだ。
夜、この小さな温泉町を歩いていると、演歌が流れてくる。
名前は分からないが、よく聞く伝統的な演歌だ。
これがこの町とぴったり合って、実にいい雰囲気だった。
子どもの頃、浪花節を聞きながら、うとうとと眠くなった、あの感じに似ていた。
やはり、日本人の魂はこれなのかな、と思った。
その頃、男の子たちがよく歌っていたものに「お座敷小唄」がある。
富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、
雪に変わりはないじゃなし、とけて流れりゃ皆同じ 注2
この「雪に変わりはないじゃなし」が、おかしいと女子たちは主張した。
文脈からは、「雪に変わりはあるじゃなし、でしょ」と。
すると、男子たちは「ないじゃなし」だと。
京都ではそう言うんだと言った。
ほんとうか?
確かに、この歌をよく聞いてみると、「ないじゃなし」と言っている。
謎だった。
そのほかに、みんなでよく歌ったのは、橋幸夫の「雨の中の二人」、和泉雅子と山内賢の「二人の銀座」など、演歌寄りの歌が多かった。
やっぱり野沢温泉には、ビートルズじゃなくて、演歌がよく似合う。
注1 東京消防庁「住宅で起きる一酸化炭素中毒事故に注意!」
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/topics/201411/co.html
注2「お座敷小唄」作詞:不詳
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