第39話 Fくんのこと

hydrangea学童期(東京編)

 
 3年生の時、クラスにFくんという友だちがいた。おだやかで静かな男の子だった。
   

 ある時、Fくんがしばらく休んでいた。えきという病気だったような気がする。今はあまり聞かないが。

    

 そして、ある朝突然、クラスのみんなは、Fくんが亡くなったことを知らされたのだ。

そのことをどう受け止めたらいいのか、子どもにはどうしたらよいか、わからなかった。泣き出す子もいた。

   

 数日たって、私たちは、F君の家に招かれた。

その時Fくんのお母さんと一緒に男の人がいて、それは牧師さんだった。

Fくんが天国に行ったこと、今は神様と一緒にいるということ、悲しまなくてもいいことなど、牧師さんのお話を静かに聞いた。

   

そして、小さな紙に印刷された歌を教えてもらって、一緒に歌った。こんな歌だった。

   

主われを愛す、主は強ければ、われ弱くとも、恐れはあらじ

わが主エス、わが主エス、わが主エス、われを愛す 注1

   

歌う子どもたち

   

もう一つは、こんな歌だった。

   

神様は軒の小すずめまで、おやさしくいつも守りたもう

小さいものをも恵たもう 神様のみなをたたえましょう 注2

   

うちに帰って母にこの紙を見せると、懐かしそうに一緒に歌ってくれた。

母はクリスチャンだったのだが、そのころ父が宗教を拒否していたので、母はそれらしい生活を見せていなかったのだ。

   

 私は、Fくんのうちの、あじさいがたくさん咲いていた庭と、あたたかい家庭の雰囲気とともに、この歌が心に残り、よく歌っていた。

神様って本当にいるんだなあ、神様が愛してくれるってどういうことなんだろう、と思った。

   

注1「主われを愛す」 讃美歌461番(讃美歌21 484番)
注2「神様は軒の小すずめまで」 詩 Maria Straub

   

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