第5話 グレープフルーツ

grapefruit幼児期

 家の周りの道路に車が走ることは、めったになかった時代だ。

子どもたちは道路で遊んだ。缶蹴りをしたり、大掛かりな鬼ごっこをしたり。
   

春になって桜が咲き、それが散ると、道路ははなびらでいっぱいになる。女の子たちは、糸を通した針を持って、その花びらを突いて糸に通し、首飾りを作った。

   

 近所にアメリカ人が住んでいた。

その家の前で桜のはなびらを針で拾っていると、アメリカ人のおばさんが外から帰ってきて、私たちの様子に目を止めた。

私は怒られるのではないかと恐れた。
   

なにせアメリカ人のおばさんは背が高く、ニコニコしていないので怖かったのだ。

たぶん、日本人の子どもの遊びが珍しくもあり、またほほえましくもあり、今思えば優しい気持ちで見ていたのであろうが、子どもの目からは怖かったのだ。

   

 ある時そのおばさんが、私ともう一人の女の子を、自分の家にいらっしゃいという風に招き入れた。

不安と好奇心の入り混じった気持ちで家の中に入った。

ダイニングルームのようなところのテーブルにつかされ、そこに出てきたのが グレープフルーツである。

   

といってもその時まで私はそれを食べたことがなかったから、それが何であるか知らなかった。

おばさんはそれにお砂糖をふりかけ、さあどうぞという風に私たちに勧めた。

スプーンが添えられてあったが、どうやって食べたらいいのか戸惑った。

もう一人の女の子は、かたくなに食べようとしなかった。

   

 そのとき、心にある考えが頭をもたげた。

「こんなアメリカ人のおばさんに、バカにされてたまるか!」

私はぐいとスプーンをつかんでグレープフルーツに突き刺して、すくって食べた。

おばさんは、じっとその様子を見ていた。
   

怖さと緊張でいっぱいだったが頑張った。

そのほかにもなにかのやり取りがあったのかもしれないが、グレープフルーツの記憶だけが鮮明に残っている。

   

 やっと解放されて家に帰り、母に報告した。夏ミカンのようなものが半分に切ってあるものを食べたと。

母は「どうやって食べたの?」と聞いたので、ジェスチャーを交えて伝えると、「それでいいのよ」と言った。

心の底から安堵した。

   

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