第107話 ボランティア

Woman piggybacking on a boy 青年期

    
 大学では、なにかしらボランティア活動をすることが推奨された。

いろいろある中から先輩や友だちに誘われて、二つのボランティア活動をした。

   

 一つは「病院奉仕」というもので、赤十字が行っているものだった。

ある大学病院へ行き、専用のエプロンをして、かごを持ち

「病院奉仕団のものです。お買い物のご用はありませんか?」

と病室を回る。

頼まれたものを買って届けるという仕事だった。
   

最近は病院の売店になんでもそろっているが、その頃は買い物を引き受ける必要があったわけだ。

これは 1年間ぐらい続けた。

ニーズがあまりなくなってきて、自然とやめた。

   

 この奉仕団では、献血の奉仕もやっていた。

一般的な献血と違って、手術などで新鮮血が急遽必要になると声がかかり、できる人が行くというものだ。

   

 一度、白血病のお年寄りのところに行って献血をしたことがある。

病院のようでもあり、療養所のようでもあるところだった。
   

   

そこで看護師さんが、おばあさんの血液と私のものとを混ぜ合わせるかなんかして、「大丈夫」と言った。

さっそく横のベッドに寝た私から採血し、それをすぐに直接そのかたに輸血した。

私と同世代くらいのお孫さんが、「輸血が一番効くんです」と言った。

   

 終わると、おばあさんは細い手で弱弱しく500円札を私に差し出し、

「これでお茶でも飲んでください」と言った。
   

 私はとても困ってしまった。

断るべきだったのかもしれない。

しかし、そのかたの気持ちを考えると、断るということができず頂いてしまった。

帰ってから母に話すと、「なぜ断らなかったの?」と言われた。
   

 どうするべきだったんだろう?

それからしばらく、このことで気持ちが沈んでしまった。

   
   

 もう一つは、バタヤ部落の子どもたちと遊ぶ、というものだった。

これはセツルメントと呼ばれた。

場所をはっきり覚えていないが、日暮里の近くだったと思う。

   

Women playing with children

   

 「バタヤ」というものが、どういうものなのか知らなかったが、廃品回収をする人たちのことのようだった。

その人たちが集まって暮らしているところが、バタヤ部落である。

敷地に小さい教会があったように覚えている。
   

では、これがありの街だったのかというと、そうではなかったと思う。

その辺の記憶はあいまいだ。

   

 大人が仕事に出ている間、子どもたちと遊ぶのだ。

一人の小さい男の子が、私の背中におぶさって離れなくなった。

その子は、ちょっと嫌われ者のようだった。

ずっと背中に乗っていて、降りようとしなかった。

その子がびんな感じもしたし、可愛くもあった。

うんと可愛がってあげたいなと思った。

   

 このボランティアは、どういうきっかけか忘れたが、3回ぐらいで辞めた。

しかし、ここで体験したことが、その後の仕事の選択に影響を与えたと思う。

   

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