第113話 野沢温泉には演歌がよく似合う

Nozawa Onsen Ski Resort 青年期

   
 スキー合宿の場所は、いろいろ変わった。

初めの頃は志賀高原が主だったが、八方はっぽう(八方尾根)、関、やがて、野沢と苗場に定まってきた。

野沢や苗場は広くて、練習や試合のための斜面がいろいろと取れるからだ。

   

 その中で、野沢温泉が一番思い出深い。

今は野沢温泉スキー場もすっかり近代化して、東京からも行きやすく便利になったようだ。

しかし私たちが行ったのは、50年以上も前の昔。

とても遠かった印象がある。

   

 行き方を正確に思い出せないが、地名で聞き覚えがあるのは、湯田中ゆだなか木島平きじまだいらなどで、

バスにも乗ったし、果てしない雪の原をコトコト走る、かわいい単線の電車にも乗った記憶がある。

   

 逗留とうりゅうしたのは民宿で、三食付きで一泊750円だった!

暖房は炬燵こたつだけだった。

宿のおばさんが炭火を入れに来る。注1 

灰になってしまうと、伝えに行って、また持ってきてもらう、といった具合だった。

お風呂はなかった。

近くの共同浴場に入りに行くのだ。

   

Nozawa Onsen

   

 この共同浴場がすごかった。

真ん中にプールのような湯船があり、湯の花がいっぱいに浮いている。

お湯も黒っぽい色をしていた。

周りに、すのこがあり、壁の部分に棚があって、そこに衣服を入れる。

脱衣所は、なかったような気がする。

どこで体や頭を洗ったのか、記憶が定かではない。

   

 先輩の男子が、「湯船が深くて足がつかないから気をつけろよ」と言った。

確かに黒っぽくて全体に薄暗いから、底が全然見えない。

同期女子の一人が、恐る恐る足をつけていき、そっと入った。

「足つくわよ」

当たりまえだ。

おばあさんが、たくさん入っている。

   

 民宿の食事は、三食ごはんだったので無性にパンが食べたくなり、お風呂の帰りに、雑貨屋さんのようなところで菓子パンを買って食べたりした。

町のところどころに「美人座」というヌード小屋のポスターが貼ってあった。

男子の中には行った奴もいたらしい。

女子は着替えをするときなどに「私たちも出られるかしら」と、ふざけたものだ。

   

 夜、この小さな温泉町を歩いていると、演歌が流れてくる。

名前は分からないが、よく聞く伝統的な演歌だ。

これがこの町とぴったり合って、実にいい雰囲気だった。

子どもの頃、浪花節を聞きながら、うとうとと眠くなった、あの感じに似ていた。

やはり、日本人の魂はこれなのかな、と思った。

   

 その頃、男の子たちがよく歌っていたものに「お座敷小唄」がある。

   

和田弘とマヒナスターズ/松平直樹/松尾和子 – お座敷小唄 1964

   

富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町ぽんとちょうに降る雪も、

雪に変わりはないじゃなし、とけて流れりゃ皆同じ 2

   

この「雪に変わりはないじゃなし」が、おかしいと女子たちは主張した。

文脈からは、「雪に変わりはあるじゃなし、でしょ」と。

すると、男子たちは「ないじゃなし」だと。

京都ではそう言うんだと言った。
   

ほんとうか?

確かに、この歌をよく聞いてみると、「ないじゃなし」と言っている。

謎だった。

   

 そのほかに、みんなでよく歌ったのは、橋幸夫の「雨の中の二人」、和泉雅子と山内賢の「二人の銀座」など、演歌寄りの歌が多かった。

やっぱり野沢温泉には、ビートルズじゃなくて、演歌がよく似合う。

   

橋幸夫 雨の中の二人

   

注1 東京消防庁「住宅で起きる一酸化炭素中毒事故に注意!」
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/topics/201411/co.html

注2「お座敷小唄」作詞:不詳
   

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