第119話 ユースホステルを利用して卒業旅行

Hagi Castle Ruins青年期

山陰地方へ

ユースホステルを利用した

 卒業式が終わってから行ったのか、その前だったのか忘れてしまったが、スキー部の同期の友だちと3人で旅行した。

行先は、それまで行ったことがない山陰地方。

   

萩市 平安古ひやこ 鍵曲かいまがり

   

 宿は、ユースホステルを使うことにした。
当時、これを利用して旅をする若者がたくさんいた。
   

ユースホステルについては詳細を把握しておらず、若者が安価に泊まれる安全な宿、という程度の理解だった。

こういうことに詳しい友だちが、いろいろ手続きをしてくれた。
宿泊料は、700円程度だったように記憶している。

   

松江

 最初の宿泊地は松江

宍道しんじをみて「ああ、これが地図で見ていた宍道湖か」と思った。
   

松江の町は、とてもきれいで、住宅地の道路の脇に水路があり、鯉が泳いでいた。
道路から小さな橋を渡って、家に入るような作りになっていたと思う。

   

 ここで利用したユースホステルは、お寺さんだった。

いい感じのお坊様が接待してくれたが、部屋に敷かれた布団に入って寝ようとすると、寒くて寒くて寝られない。

昔、月山がっさんの山小屋で寒くて寝られなかった時、毛布を体に巻いて、海苔巻きのようにして寝たことを思い出し、そのようにしたら寝られた。
   

shinjiko
宍道湖 嫁ヶ島

   

 続いて山口県のに滞在した。今回の旅行の目玉だ。

 松下村しょうかそん塾を始め、見どころがたくさんあるが、こじんまりとした街にまとまっており、角々がお寺になっている。

 私たちは自転車で回った。

   

萩市 菊屋横町 海鼠なまこ

   

 明治維新後、失業した武士たちが、夏ミカンを栽培して収入を得たという、その夏ミカン畑を見たり、隠れキリシタンの墳墓を見たりした。
   

現在は、キリシタン祈念地として整備されているようだが、訪ねた当時、まだそれはなかった。

 一見わからないが、よく見るとキリシタンであることが分かるお墓が点在しているお寺を見学した。なんというお寺か忘れてしまったが・・。

   

 萩のユールホステルは、今で言うペンションのようなスタイルだった。

ペアレントと呼ばれる管理者のご夫婦がいた。

夜になると、ミーティングなるものが開かれる。自己紹介をしたり、ゲームのようなことをするのだが、こういうのは苦手なので閉口した。

   

 山口は、他にもいろいろな観光スポットがある。
秋芳洞あきよしどうと、学校で習ったカルスト地形の秋吉台にも行った。
   

秋芳洞 百枚皿

   

広島

 次に訪れたのは、広島だった。

目的は原爆資料館を見学すること。正式には広島平和記念資料館というようだ。

   

 いろいろな展示の中に、柱に挟まれて動けなくなった少女のもとに、被爆して焼けただれた母親が飛びこんできて、すさまじい形相で力を振り絞り、踏ん張って柱を背中で押し上げ、少女を救ったという話があった。

少女の作文を読み上げる音声を、イヤホンで聞く形だった。
胸を打たれ、言葉がなかった。

 同じ種同士で、このような酷いことをするのは、人間だけなのだ。

   

原爆ドーム

   

 広島のユースホステルは、役所のようなところを改造して作られたようなもので、あまり居心地はよくなかった。

夜のミーティングは友だちに任せて、私は寝ていた。

   

神戸の友人宅

 旅の最後は、神戸に実家がある友人宅への訪問だった。

お父様に中華料理をご馳走になり、夜はお宅の離れに泊った。

   

 女子の常として、夜遅くまでガールズトーク。
   

   
私たち共通の友だちから「私、おなかに赤ちゃんがいるの」と打ち明けられたという話を、その神戸の友人から聞き、びっくり仰天。

今ならさほど驚くべきことではないのかもしれないが。

   

 友人は、彼女が女子寮を出て、一人暮らしを始めたことがよくなかったと言っていた。

その彼女も友人も、カトリック信者で、友人は神父様に「彼女がかわいそうだ」と訴えたらしい。

神父様は「全然かわいそうじゃありません。二人は愛し合っているんだし、これから結婚すればいいだけの話だ」と。
   

確かに、できちゃった結婚になっただけなんだな、今考えると。
しかし当時は衝撃的だったのだ。

   

 これで私たちの卒業旅行は終わった。

今は、みな卒業旅行で海外に行く時代。
ほんとうに慎ましい旅行だったのだが、とても楽しかった。

   

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