修学旅行と言えば、史跡を巡ったり、その土地の文化に触れたりが目的という建前で行われると思うが、
私たちの北海道行きは、そういう要素が殆どなかったような気がする。
とにかくバスで移動している時間が長かった。
バスの中で、男子はトランプに興じていた。
ガイドさんが「右手をご覧ください」と話し始めると、
「おい、誰か代表で見ろ!」とボス格の男子が命令していた。
ガイドさんが、北海道に生息するクロユリの話をして、
「くーろゆりーは~こいのはなー・・」注1 と、どすの利いた声で歌ったのが印象に残っている。
オホーツク海に行ったときは、友だちの一人が
「しれーとこーのみさーきにー、はまなすーのさくーころー・・」注2 と歌っていたのが印象に残っている。
彼女は山岳部に所属していて、そこでよく歌っていたらしい。
北海道には五稜郭とかトラピスト修道院とか、見るべきものがいろいろあると思うが、それらの記憶がほとんどないのはどうしてだろう。
覚えているのは、湖のことだ。
北海道にはきれいな湖がたくさんある。
湖巡りと言ってもいいような旅だった。
「屈斜路湖」の脇を通ったときは、神秘的で雰囲気のある湖だなと思った。
「ペンケトー、パンケトー」という二つの湖は、上から見下ろしただけだったが、なんてきれいな湖! と思った。
しかし、この旅行の本当の目玉は、湖で休憩したり近くに宿泊したときに、男女でボートに乗ることだった。
それで、あの人とあの人がそうだったのか、とわかったり、ここでカップルが誕生することもあった。
当時、私たちの学校では、いわゆる「彼女」「彼氏」のことを「ナニ」と言っていた。
「あの人、○○さんのナニなんだって」というぐあいだ。
一番目の湖は七飯町の「大沼」だった。
私のナニは上級生だから、ここにはいない。
それで女の子同士でボートに乗った。
けっこう楽しかった。
とはいえ、カップルでボートに乗っている人たちが羨ましかった。
つまんないなあと思っていた。
「阿寒湖」に宿泊したときだ。
みんな、マリモより、ボートに夢中だった。
そんな様子を眺めていると、意外にも同級の男子がボートに誘ってくれた。
ハンドボール部の、明るくて屈託がなく、優しい子だった。
嬉しくて、いそいそとボートに乗り、おしゃべりをしながら楽しく過ごした。
「洞爺湖」に宿泊した夜に、キャンプファイヤーが行われた。
お定まりのフォークダンスがあり、男子の輪と女子の輪がすれ違って相手が変わっていく。
例の彼が、私のところに回ってきたところで「抜けよう」と言った。
二人で輪を抜けて、近くの草むらに腰を下ろした。
辺りを見回すと、同じようなカップルがあちらこちらに座っていた。
「みんな同じようなことしてるんだなあ」とおかしくなった。
先生の一人が走って見回りに来たが、特に注意されることはなかった。
話しながら、彼はたびたび「寒くない?」と聞いた。
私は聞かれるたびに「寒くない」と答えた。
後になって、あのとき「寒い」と言ったらどうなっていたのかなと思った。
こんな風にして、私はその子と仲良しになった。
上級生の方のナニはどうするんかい? というようなことはあまり考えなかった。
上級生だったから、下級生の女の子が自分に気があるみたいだから相手をしてやった、ぐらいだったのかもしれない。
私もだんだん興味が薄れ、自然消滅した。
帰りの青函連絡船では、甲板から海を眺めていた。
今度は青森から夜行で上野に帰るのだった。
上野に近づいたとき、汽車の中で彼が撮ってくれた写真があるが、疲れ切った顔をしている。
注1 「黒百合の歌」 作詞 菊田 一夫
注2 「知床旅情」 作詞 森繫 久彌
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