ソニーのトランジスタラジオ
ソニーの世界的な発明「ウォークマン」が登場する20年ほど前、トランジスタラジオというものが世に出てきた。
それまでのラジオと違って真空管の代わりにトランジスタが使われ、
置き型ではなく手のひらに収まる程度の携帯ラジオができたのだ。
高校3年生のときに買ってもらい、毎晩布団に持ち込み、聞きながら寝た。
今の子どもたちが、スマホをベッドに持ち込んで寝るように。
ソニーの黒いラジオで、AMとFMが両方聞けた。
FMはアンテナを伸ばして聞いた。
イヤホンではなく、耳に押し当てて聞いていた。
ラジオ関東「ポートジョッキー」
そして、毎晩必ず聞いたのが「ポートジョッキー」だ。
ラジオ関東(現ラジオ日本)、11時20分からだった。
「……森永のエンジェルも羽を休めています……」みたいなナレーションが流れ、汽笛の音が聞こえる。
ビリー・ヴォーン楽団「浪路はるかに」
やがて、あの懐かしいビリー・ヴォーン楽団の「浪路はるかに」が流れ出す。
これが聞こえてくると幸せ感に包まれた。ここから12時までが至福のときだった。
この番組で、さまざまな軽音楽を聴いた。
必ずしも流行りの歌を流すというのではなく、いい曲を選んで聞かせてくれる。
プラターズの曲では「オンリー・ユー」や「煙が目にしみる」が有名だが、
ここで聞いた「トワイライト・タイム」や「夕日に赤い帆」が好きだったし、
プレスリーの歌もよく聞いた。
ニニ・ロッソの「夜空のトランペット」も素敵だった。
サンレモ音楽祭
印象に残っているのが、サンレモ音楽祭のことだ。
イタリアのサンレモで 1951年から毎年開かれているポピュラー音楽のコンクールで、注目されていた。
ここで優勝した曲はたいていヒットし、
「ヴォラーレ」
「チャオ・チャオ・バンビーナ」
「アル・ディ・ラ」など日本でも大ヒットした。
この話題もポートジョッキーで取り上げられていた。
ある年、優勝したのが弱冠16歳のジリオラ・チンクェッティの歌う「夢みる想い」
「ノンノレター、ノンノレター」という可愛らしい声が耳に残っている。
彼女はもっと大人になってから、「雨」を歌い、これも大ヒットし、こっちの方が有名かもしれない。
でも、あの「ノンノレター、ノンノレター」が懐かしい。
トランジスタラジオで聞いたポートジョッキー。
今でもあのビリー・ヴォーン楽団の「浪路はるかに」を聞くと、涙が流れる。
コメント
ポートジョッキーをお聴きくださいましてありがとうございました。
森純子さんと共に英語のDJを務めていた父ケン田島は去る2021年4月27日(火)に肝細胞癌でなくなりました。入院して1週間、それほど苦しまず、母に看取られて安らかに旅立ちました。
Charlotte さま
お父様のご逝去のお知らせ、謹んで拝読いたしました。
青春のひとときを豊かに楽しいものにしてくれたポートジョッキーは、私の心に折に触れては蘇ります。
あの時間を懐かしく思い出しつつ、ご冥福をお祈りいたします。
遅くなりましたが、「ケン田島」さんのご冥福をお祈りいたします。
太く、低音の良いお声と、流暢な英語は今でも忘れません。
このページは偶然に見つけました。
ポートジョッキーを聴いていたのは、わたしが中学生の時でした。
わたしは、横浜市の北部の生まれ育ちですので、この番組はとても懐かしいです。
オープニングの曲「浪路はるかに」よりも、エンディングの「星を求めて」の方をよく覚えています。
なぜでしょうね。
同じくビリー・ポーン楽団の演奏です。
小太郎さま
コメント頂き、嬉しく拝見いたしました。
ケンさんがかもしだす独特な雰囲気とともに流れる40分間、終わらないでずっと続いてほしいなと、いつも思ってました。
あの番組の後にミッキーカーチスさんのディスクジョッキーみたいな番組があったのは覚えていらっしゃいますか?
あの頃の音楽はほんとに懐かしいですね。
平和だったんだなあ……。