6年生のときだったと思う。
クラスにH君という男の子がいた。
彼は体が大きく乱暴者で、嘘つきとして知られていた。
女の子をよく殴って泣かしていた。
私も殴られたことがある。
そのHくんと、教室の席を隣にされたのだ。
内心、怖かったし、嫌だなと思っていた。
H君は、歯を磨いていないという噂だった。
確かにそんな感じだった。
服装も清潔ではないように見えた。
ある日、授業中にふと隣のH君を見て、私は「今日、歯、磨いてきたでしょ」と言った。
するとH君は思いがけず、ニコっと笑った。
少し怖さが薄らいだときだった。
そんなある放課後、どういういきさつだったか忘れたが、誰もいない教室で、H君と二人で話をしていた。
彼は、お父さんが怖くて殴られるという話をした。
家にはおじいさんもいるし、妹もいると。
話の内容から、妹さんを可愛がっている様子が感じられた。
「お母さんは?」ときくと、「いない」と。
病気で亡くなったのかなと思ったが、そうではなく、「いなくなったんだ」と言った。
「えっ?」と言って、そのあと何と言っていいのかわからなかったが、
彼は「会いに行ったことあるよ」と言った。
「○○にいるんだ」
それはバスで3つぐらい行ったところの町だ。
お父さんに知られると怒られるから、内緒で行くと言っていた。
子どもの私にはよくわからなかったが、何か事情があるんだなと思った。
そして彼がそのような、子どもにとっては過酷な体験をしながら学校に来ていたんだ、と心に衝撃を受けた。
「おかあさんは編み物をしてる」と言った。
おかあさんに会いたいだろうなあ、寂しいだろうなあと、H君が可哀そうだと思った。
そして、みんなから恐れられ、嫌われ者のH君が、
ほんとは優しくて繊細な心の持ち主で、いろいろなことを我慢して生きていることを知った。
怖かったH君が、いとおしく思えたのだった。
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